Other voices16 . 吉田 勝己

Other voices 16 . 吉田 勝己

コミュニケーションに求められる「勇気」と「努力」

 これまでにも書いた「流ちょうな英語とは」、そして「対話のパワー」について、外交という視点から考えてみたいと思います。
 このテーマを選んだきっかけは、高市首相の外交デビューに関するマスメディアとSNS上での評価です。ただ、今回は政治の話ではなく、一般的な「外と交わる」が中心です。

 メディアが「英語で挨拶」「ペラペラの英語」と報じる際、焦点は「流暢さ」という表面的なスキルに当てられがちです。しかし、高市首相の英語がたとえ完璧でなくても、通訳を介さずに相手国のトップと直接コミュニケーションを図ろうとする姿勢は、「個人的なレベルで関係を築きたい」という意思の表れであり、外交において非常に強力な第一歩だと思います。

 外交は、国家間の利益調整です。ただし、人間対人間の信頼関係の上に成り立つものだとすれば、直接相手の言語で話す努力は、信頼の土台を築く上で、流暢さ以上に価値がある行動です。
 MLBワールドシリーズ優勝の凱旋挨拶で、山本由伸、大谷翔平両投手が短い言葉であれ、英語でファンに語りかける行為は、その効果を端的に示しています。

 私が大変残念だと感じたことがあります。2021年6月に英国コーンウォールで開かれた先進7か国首脳会議(G7サミット)で、各国のトップが当時のエリザベス女王に謁見する機会がありました。他国のトップは女王に挨拶して和やかな雰囲気を作っていたのに、わが国の首相はできるだけ女王と目が合わないようにずっと隅にいるだけでした。
 相手に対して敬意を払っているつもりでも、結果的には「対話から逃避し、交流を避けている」という印象を与えかねません。

 流暢な言語スキルや国際政治の専門知識以前に、人間として相手に対し「心を開き、交わろうとする勇気と努力」が大事です。
「ペラペラかどうか」ではなく、「交わろうとしているか」どうか。これは、政治だけでなく、ビジネスや日常生活における国際交流においても、非常に大切なことだと思います。