Other voices 13 . 吉田 勝己

対話のパワー
英国滞在中の1979年夏、新婚旅行でポルトガルのリスボンに行ったとき、ホテルの部屋にタオルがありませんでした。「タオル」のポルトガル語を知りませんでしたが、たまたま廊下にいた客室係に「タオル、ポル・ファボール」と声を掛けました。問題なく通じました。ポル・ファボール(Por favor)はポルトガル語で「お願いします」という意味です。タオルは、Toalha, トアリィエのように発音するということは後で知りました。ホテルという場所柄ということもあったと思いますが、声を発して伝えようとする意図が重要だったと思います。
1975年4月、英国のリゾート地ボーンマスの語学学校に入学したときに、クラス分けテストで私はClass Kでした。Zが最上級で、Aが超初級クラスです。大卒は大半がNで、Zに入った日本人も何人かいました。私は日本の工業高校卒で、英語の力はほぼ中学レベルでした。
語学学校の生徒の多くがヨーロッパ人で、その中でも多かったのがスイス人でした。スイスの公用語は、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロマンシュ語で、かなり外国語に慣れている国民ですが、稀にAになる人がいました。私は、たまたまそのスイス人と同じ英国の家庭に下宿していました。夕食はそれぞれの予定がなければ皆でテーブルを囲み、英語で会話するのも勉強の一つでした。その日の出来事などが話題です。なぜかAクラスのスイス人が一番しゃべっていた気がします。
語学学校にいたヨーロッパや南米の人たちは、正しく話すというより、伝えたいことをまず口にする「魂の会話」をしていたように思います。私を含む日本人はそれが苦手でした。
ビーチで語学学校のクラスメートのヨーロッパ人が、水を求めて〝Water, water“と手で水を飲む真似をして、通りすがりの人に話しかけていたのを覚えています。日本人は、言葉ができる、できないは別として、通りがかった人に「水、水」って言いにくいですよね。
例えば、郵便局を探しているとき、通りがかった人に “Excuse me. Post office, please”と問えばほぼ通じます。現地の言葉があまり理解できないようだと相手が思えば、手で方向を示してくれます。しかし日本人は、いきなり“郵便局Please”と言っても果たして通じるだろうかと考えてしまい、正しい文法を組み立てようとする。間違いではないのですが、そのうち尋ねたい相手はその場を去っているというケースが多々あります。
ただし、BrokenEnglishでも伝わるのをいいことに、いつまでもそのままでいいわけではありません。10年以上ロンドンに滞在した日本人の中にはBrokenEnglishのままの人がいました。英国人には、BrokenEnglishを話す人を教育を受けてない人と思う傾向があるように私は感じます。その人にとても親切にするのですが、一人前の存在として認めていないことの裏返しというケースがあるように思います。私の妻は、優しくされることが対等に扱われていないように思えると不満でした。やはり言語も学びがないといけないのではないでしょうか。
Aクラスにいたスイス人の女性は、3か月後、普通に会話していました。Kクラスにいた私は、彼女の会話レベルに達するのに1年以上かかった気がします。
ロイターの本社勤務でロンドンに再度滞在していた1998年、知人が携わっているNPOから、私の経験と日本を紹介する講演を学生にしてほしいと依頼がありました。ロンドン大学King’s Collegeのホールで100人ほどの学生相手に1時間ほど話しました。日本に興味がある学生が聴衆だったからだと思いますが、私の英語でも、それなりに笑いも入り、主催のNPOの評価も上々でした。その後、再度依頼があり、別の学生100人を相手にほぼ同じ内容の話をしました。
テーマは「日本人のコミュニケーション」でした。 “I” “You”にあたる言葉が、日本語には「私」「あなた」以外にたくさんある。方言も含めるとかなりの数にのぼる。相手が誰かを判断して、適切な”I“、“You”を選ぶ。そこまで言葉に気をつかうわりには、日本人同士の会話は、ことばに依存せず、表情でコミュニケーションをとるーー
聞き取りにくい私のアクセントでも、何かを学びたいと思う学生にはそれなりに伝わったのではないかと思います。講演の内容を文章にして配布しても読んでもらえなかったと思います。
講演の終盤、学生の一人が、「日本人は大変Politeであるとよく言われますが、正しい理解でしょうか?」と質問してきました。私の答えは、「日本人は相手を思いやるあまり、正直に自分の意見を相手に伝えないことがある。これってPoliteですか?」
学生の反応は、”In a way, yes, but depending upon the situation(ある意味ではそうだが、状況によるのでは).” でした。
その場での私の口調(Tone)は、「私は、日本人がPolite だとは思わない」というシニカルなものだったと思います。言葉ではっきり言いませんでしたが、学生には通じたと思います。
Politeは、英和辞典では「礼儀正しい、丁寧な」とあります。これが正しければ、日本人はPoliteということになるでしょう。ただ、私は少し違う考えを持っています。「他人、または他人の感情に対し敬意を持った会話、振る舞い」がPoliteではないでしょうか。
“She is too polite to point out my mistake.”
上の文章では、こちらの失敗を言えずにいたことを ”too polite”と表現しています。日本人ならこの感情がよくわかりますよね。でも、言葉で言えなくとも、何らかの方法で相手の間違いを指摘してあげるのが、Politeだと思います。お辞儀は、言葉なしで相手に敬意を示す振る舞いと評価できると思いますが、たてまえだけの振る舞いで真実を伝えていなければPoliteとは言えませんね。
私が思うPoliteとは、自分の意思気持ちを相手にわかりやすく伝えることであって、Noと言いたいのに言えずに、ごまかしてしまうのはPoliteとは言えないでしょう。 日本人同士だと本音を汲(く)むという習慣がありますが。
Noも言い方によってはたいへん失礼になるので、そこは上手に伝える必要があります。英語でも、ただ“No”ではなく、“ I am afraid, no”という表現があります。「申し訳ないですが、答えはNoです」という感じでしょうか。
ただ、相手も人間です。Noと言いづらそうに気まずくしている表情で理解すると思います。この気まずい表情、ためらう表情は、文章では表現しにくいですね。
他人と話すときは、文章とは異なり、やはり伝える意思、魂が入っていないと真意が伝わりにくいですよね。言語が完璧でなくとも、魂がこもっていれば伝わることが多いでしょう。
悲しいこと、うれしいことを誰かに伝えたいとき、直接その人に会って目の前で話すほうが伝わりやすいと思います。